朝山家文書 |
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朝山家の祖先は越前で前田利家に仕え、11代の新平が利長に従って富山へ移った。新兵衛は町人となって小杉近在の手崎に居住し、町人として厚遇された。その後、年代は明らかではないが、高岡へ移転し、三右衛門の時に米問屋を営んだ。文政元年(1818)、彦右衛門の時より薬種商となった。彦右衛門は銀30貫を町会所に寄付して同2年町算用聞となり、さらに町年寄(町役人中の最高位を占めるもので、最も由緒ある家柄の町人中から選任された)となって遂に由緒町人(由緒ある町人という意味で、筋目正しく、名誉ある家柄として藩から公認され、特別の待遇を与えられた町人中最高の特権階級だった)となった。
坂下町の絵図(判形遣取書上申帳)に手崎屋三右衛門の記載があることから江戸時代に坂下町に居住していた。その後、横町(現本町)に移転し、昭和3年に建てられた3階建てで洋風意匠を取り入れた家屋は、建物の前面にステンドガラスを採用した珍しい建物だった。
平成12年(2000)に、現当主の朝山聡氏は高岡市内免へ移転され、当館へ古文献史料を寄託された。
当家に伝わる古文献は61点(87冊)で、富山藩と加賀藩に貸した金銀の書上帳のほか、他村で所有した歩分帳などがある。 |
朝山家のあった本町 |
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文書一覧(資料数
3点) |
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