一番街通り御車山文書
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高岡の御車山は、豊臣秀吉が聚楽第に正親町上皇と後陽成天皇をお迎えしたときの鳳輦御車を使用後に前田利家に与え、それが利長にわたって、利長が高岡開町時に大町七町に与えたのが始まりとされる。
御車山は七基あり、その一基が一番街通りの御車山である。これはその運営・管理を一番町、三番町、源平町の3町で行っており、この3町を総称して一番街通りと呼んでいる。
この文書は64点(78冊)で、一番街通りの御車山及び祭礼の費用に関する書類の他に氏神の関野神社の諸経費の記録、瑞竜公三百年祭曳山飾付にかかる経費などの文書があり、平成12年に高岡市が購入した。 |
一番街通り |
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文書一覧(資料数
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